書籍・雑誌

芥川賞候補作品を(勝手に)読む

文語体は果てしなく偉そうなので、口語体にします。(宣言)

でも、PCを使って文章を作ると、反射的に文語体になってしまう。だって、エクセルって逐一うるさいんだもん。わざと乱して使ってるのに、

「らが抜けています」

とかさ。

直さないとずっと波線つけやがる。(笑)ひどかったのは、古文の文章を写してレポートを作成していた時。間違ってないのに執拗に波線つけやがって、

そんなこたぁ、紫さんちの式部ちゃん(語弊)に言ってくれよ

ってなもんだ。

文語体でも面白い文章は書けるけど、やっぱりそこに堅苦しさは残る。勿論、それが妙味になるんだけど、口語体で書いたほうが勢いがあるし、何しろわかりやすい。口語体で書くほうが難しいような気もするけど。

その文語体と口語体の葛藤を笙野頼子氏はやっていると思うよ。(突然なんだ)

「だいにっほん、おんたこめいわく史」

が面白かったので、芥川賞作品の

「タイムスリップ・コンビナート」

を図書館で借りてみたら、本が美しいのなんの。10年前の発行なのに。さては誰も読んでないな。

最近、というか一年くらい前から雑誌で小説を読むのが好きだ。

「文学界」とか「すばる」とか「群像」

とか、地元の図書館で誰も借りてくれなくて寂しそうにしてるから、読んであげてるの。おほほ。単行本になってしまうとなかなか借りられないものも、雑誌ならすぐ手に入る。

金原ひとみ「アッシュベイビー」もこの方法で読んだ。(講義の関係で嫌々)

盗作騒動があった篠原一「19℃のロリータ」なんか、怒り心頭に達しながらの読了。「致死量ドーリス」のノベライズにしても、あれは不出来だった。

その点、松尾スズキ「クワイエットルームにようこそ」は、山田詠美が「17歳のカルテ」のノベライズなんて批評していたけど、面白かった。松尾氏には直木賞をとってほしい。だってもう、新人とか関係ないもん、芥川賞って。

一昨年に候補に上がっていた、

山崎ナオコーラ「人のセックスを笑うな」

白岩玄「野ブタ。をプロデュース」

はどっちも楽しめたけど、どっちも取れなかったなぁ。後者はドラマ化したから相当売れただろうけど、それにしても原作を換骨奪胎しすぎだろう。男が男(巨漢)をプロデュースするのが面白かったのに。

同時期に候補に上がってた朝倉祐弥「白の咆吼」は、最後まで読めなかった。

今年の候補作の西村賢太「どうで死ぬ身の一踊り」も同じ。前者は「土踊り」というわけのわからんものを描いた作品だったので、どうも私は「踊り系」は駄目らしい。(なんだ踊り系って。)

町田康「パンク侍、斬られて候」の腹振りは別だけどね。

でも、阿部和重「グランド・フィナーレ」は腑に落ちなかったな。連作の一部が受賞ってなんか納得いかない。正直、連作ではなくて、短編が実はリンクしてるっていうのは好きじゃない(CLAMP的なヤツ)。ファンは嬉しいだろうけど、たまたま読んだ読者は置いてかれる感じがするんだよね。阿部氏はホラー映画語ってる時が一番活き活きしてる気がする。青山真治と仲良すぎ(笑)。

とかなんとかいって、肝心の絲山秋子「沖で待つ」は読んでない(おい)。余計なお世話だけど、文芸春秋・吊革広告での絲山氏の写真(体育座り)は、あれで良かったのだろうか。

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